第8スタンザは楽しげな神々の様子とそこに迫る暗雲について書かれています。
テキスト
Tefldu í túni, / teitir váru,
神々は中庭でチェスに興じ 楽しげであった
var þeim vettugis / vant ór gulli;
彼らにとって黄金の不足は ありえないことであった
unz þrjár kvámu / þursa meyjar
それもあの3人が来るまでのこと 巨人族の娘たちが
ámátkar mjök / ór jötunheimum.
ヨトゥンへイムからの 力ある彼女たちが
Poetic Edda – Völuspá 8
By Lorenz Frølich – Published in Gjellerup, Karl (1895). Den ældre Eddas Gudesange. Scanned from a 2001 reprint by bloodofox (talk · contribs)., Public Domain, Link
解説
Tefldu í túni, / teitir váru,
telfduは動詞telfa「チェスをする」の三人称複数過去です。主語はありませんが前段から仕事を終えた神々であることがわかります。íは英語のinやintoに相当する前置詞で与格を取るときに動きを伴わない「〜の中で」となり対格を取るときは「〜の中に向かって」となります。ここではtuníが中性名詞 tun「中庭」の与格単数なので「中庭において」という意味になります。
váruはbe動詞の三人称複数過去「彼らは〜であった」の意味です。teitirは形容詞teitr「楽しい」の主格男性複数でváruの補語になります。
var þeim vettugis / vant ór gulli;
varはbe動詞の三人称単数過去でþeimは人称代名詞の与格複数です。vettugisは形容詞vættki「何もない」「意味がない」の属格単数vættkisのバリエーションです。vættkiはもともと動詞vættaまたはvænta「希望を与える」に否定のekkiがついた複合語です。ここまで英語に訳すと形式上の主語itをつけて “it is nothing to them” となります。
実際の主語は後半に倒置されています。vantは形容詞vant「欠けた」の主格中性単数でここでは名詞がないので実体化して「欠けている現象」を意味します。órは英語のofに相当する前置詞で与格を取ります。gulliは中性名詞gull「金」の与格単数で英語のgoldと同じ由来です。ここまで英訳すると”lack of gold” 「金の不足すること」と訳せます。
unz þrjár kvámu / þursa meyjar
unzは従属接続詞で「〜まで」を意味します。つまり上の2行はここから下の状況になるまでであると限定していることになります。ここから下は神々の楽しげな様子を遮る出来事だと理解できます。kvámuは動詞koma「来る」の三人称複数過去でþrjárは数詞 「3」の主格女性複数です。
meyjarは女性名詞mær「少女」「娘」の主格複数でþursaは男性名詞þurs「巨人」の属格複数です。þursa meyjarは「巨人族の娘たちが」と訳せます。北欧神話の巨人は体が大きいことだけを表しているわけではなく体がそれほど大きくなくても知力や腕力が強いことを表すこともあります。
ámátkar mjök / ór jötunheimum.
ámátkarはámáttigarのバリエーションで形容詞ámáttigr「力強い」の主格女性複数です。mjökはmjǫkとも書かれますが副詞「とても」「ほとんど」の意味です。
órは出身を表す前置詞で与格を取ります。jötunheimumは男性名詞 jötunheimrの与格複数で通常ヨトゥンへイムと日本語で書かれます。「ヨトゥンの住むところ」「ヨトゥンの世界」という意味で、中つ国ミズガルズに並んで存在する世界樹に内包される9つの世界の一つとされています。ヨトゥンは巨人の一族の一つで第2スタンザにすでに出てきていました。