少し前に話題になっていたアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』のラテン語の副題がPUELLA MAGI MADOKA MAGICAとされています。Wikipediaの日本語版には括弧付きで以下のようにコメントがありました。
ただし「魔法少女」を厳密にラテン語訳するならば、「magi」は「magus(魔法使い)」の複数男性形であるので「puella」には掛からない。単数女性形の「maga」を用い、「puella maga」と訳すのが正しい
この指摘は完全ではありません。今回はもう少しこの件について考えたいと思います。
問題とされていることについて
後半の「まどか☆マギカ」についてはMADOKA MAGIKAにそのまま対応していることまたMADOCAが女性の固有名であること、MAGICAがmagicusの主格女性単数形であることから考えると問題はなさそうです。
ラテン語で魔法使いのことは主格単数でmagus「魔法使い(は)」といいmagiは主格複数のため「魔法使いたち(は)」となります。一方少女を表すPUELLAは主格女性単数です。このことから全体の日本語訳としては「(一人の)少女、(複数の男性である)魔法使いたち まどかマギカ」となるので正しくないというのがここでの指摘です。
ただしmagusには名詞「魔性使い」と形容詞「魔法の」「魔法に関連した」があり正しい訳は名詞ではなく形容詞である可能性もあります。
MAGIという単語はこれ以外の意味に取れる可能性があります。ここで補足することによって「正しいラテン語」として読み解けないか探ります。
魔女のラテン語は何か
魔法少女という単語はさすがにないのですが魔女という言葉は中世のラテン語では存在していました。Heinrich Kramerという中世後期のドイツの異端審問官の著作Malleus Maleficarum『魔女に与える鉄槌』のタイトル通り魔女はmaleficaと呼ばれていました。この書物の中ではmaga、sortilegaなどの単語も見られますが、頻出度では圧倒的にmaleficaです。
この単語はmaleとficaに分かれ直訳すると「悪い行いをする女」という意味です。中世の異端審問の文脈から考えたら「魔女=悪い行いをする女」という固定観念をもたせたい意向があったと思われます。とはいえアニメの主人公、善意の主人公に対していくら魔女を意味する単語とはいえ「悪い行いをする女」は使われないでしょう。
magaとはmagusという名詞からの造語で「女魔術師」という意味です。しかしmagusの語源は古代ギリシアから見た東方の異教ゾロアスター教の司祭を意味していました。東方の異教の秘儀がmagicであったのです。もちろんゾロアスター教の女司祭は存在しませんからmagaという単語も存在しませんでした。中世での魔女はどちらかというとケルトまたはゲルマン系の土着信仰に根ざした概念でキリスト教からみた異教の排斥の側面があります。magaという単語にはこのように概念の混同があると考えられます。