遺跡の発掘と古典言語

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私は子供のころ鎌倉に住んでいました。古都保存法のために旧市街には建築の規制があり、家の建て替えをするときには届け出をして遺跡の発掘調査を受ける必要がありました。

大人たちは家を建て替える時に価値のあるものが発掘されないように願っていました。なぜなら、もしなにか歴史的に意義深いものが掘り起こされると調査は長引き新しい家になかなか住めないからです。ある人は半年ほど借家住まいを延期されたことがありました。

学校の記念行事で苗をもらい庭にそれを植えようとしたときのことです。穴を掘ると数枚の古銭を見つかりました。骨董に詳しい祖父によるとそれらは特に価値のあるものではありませんでした。でも私にとっては、見慣れぬ昔の遺物が自分の寝起きしている家の下に埋もれていることや、それを自分が掘り起こしたことが不思議に感じられました。

古銭は自分が使っている硬貨とは確かに異なるものですが、数百年前の人たちが自分の家のある場所にいてそれらをお金として使っていたのだと実感しました。落としたのか隠したまま忘れたのか何かがあって私に掘り起こされるまでの長い間、地面に眠っていたのでしょう。

人々は過去の遺物が埋まっている地面の上でそのことを特に意識するわけでもなく毎日を暮らしているのです。

少し時間がたち学校の情報処理の授業でシステムとかプログラムとかプロトコルなどという言葉を聞くようになりました。英語だと思っていたそれらの言葉をそのまま丸覚えしていましたが、あるとき由来が古代ギリシア語だと知りびっくりしました。なぜ最新の技術と言われる、少なくとも古代に存在しないコンピューターの用語に古代ギリシア語が使われているのかよく理解できませんでした。

例えばHTTPはプロトコルの一種でHyperText Transfer Protocolの略です。hyperとprotocolはギリシア語由来、textとtransferはラテン語由来です。プロトコルとは外交の儀礼的な決まりのことから情報通信の決め事の意味に転用されました。でももともとは「最初に糊付けされたもの」という意味です。古代の文書は現代の本とは違い巻物であったため、広げないと中身がわからないものでした。図書館のようにたくさん巻物がある中で目当てのものを簡単に見つけられるように巻物の最初に目次をつけていました。巻物はある程度の大きさのパピルスを横に何枚も糊付けして作るものなので「最初に糊付けされたもの」はつまり目次のことです。書物に書かれる内容や書かれ方はものによって様々でしたが目次の書式はほぼ同じです。外交上交わされる書面も書式はそれほど変わらないでしょう。通信で交わされる情報も書式、つまりフォーマットを合わせる必要があるため「プロトコル」が定められているのです。

でも今HTTPのプロトコルという単語を使う人の中に「最初に糊付けされた」という言葉の由来を噛み締めながら使う人はほとんどいないでしょう。無意味に思えるその意味はちょうど古銭が現代ではお金として使えないのに似ています。

私たちは古代に埋もれたたくさんの言葉の上でそのことを意識せず言語生活を送っています。このような言葉たちは庭に埋もれていた古銭のように、ある時ふと掘り起こされて私たちを驚かせるかもしれません。

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