前のスタンザでグルヴェイグが処刑される様子がありました。そもそもなんの咎があったのでしょうか? 第22スタンザでは彼女の行いが描かれています。この行いのために処刑されたのか、それとも処刑された後の行動なのかは不明ですが、どのような人物であったのかは十分にわかります。
テキスト
Heiði hana hétu, / hvars til húsa kom,
荒れ地のヘイズと人々は呼んだ どこの家にもやって来る彼女を
völu velspá, / vitti hon ganda,
比類なき力を持つ女預言者を 彼女はどの杖にも魔力を与えた
seið hon hvars hon kunni, / seið hon hugleikin,
彼女は行えるどんな場所でも魔法を使った 思いのままに
æ var hon angan / illrar brúðar.
彼女は常に甘い香りを漂わせていた 邪悪な花嫁の香りを
Poetic Edda – Völuspá 22
フェロー諸島の切手 Public Domain, Link
解説
Heiði hana hétu, / hvars til húsa kom,
Heiðiはグルヴェイグの別名で、いくつかの由来が挙げられています。形容詞 heiðr「明晰な」「雲のない晴れ渡った」、男性名詞のheiðr「名声」、女性名詞のheiðr「ヒース」「荒れ地」などです。heiðiは文法上対格なのでこれらの単語のうち対格になりえるものを探すと消去法で三番目の「ヒース」「荒れ地」の対格単数のみになります。そういえば「荒れ地の魔女」というキャラクター名は聞いたことがありますね。
ちなみに「アルプスの少女ハイジ」はHeidiと綴りが似ているのですがこれはドイツ語のAdelheid「高貴なもの」の愛称で Aliceとも同じ由来になり、グルヴェイグとの関連はないと思われます。
hanaは代名詞の対格女性単数で「彼女を」、hétuは動詞 heita「呼ぶ」の三人称複数過去です。heitaは対格二つとると「〜を〜と呼ぶ」という使われ方になります。
hvarsは副詞で「どこであれ」の意味です。hvarとesの複合語です。tilは属格を取る前置詞で「〜へ向かって」、húsaは中性名詞 hús「家」の属格複数です。komは動詞 koma「来る」の三人称単数過去です。
völu velspá, / vitti hon ganda,
völuは女性名詞 vǫlva「女預言者」の対格単数です。velspáは副詞 vel「よく」と形容詞 spár「預言者らしい」の複合語の対格女性複数でvöluを修飾しています。「よい預言者らしい女預言者」というど同語反復に見えますが能力の高いことを言いたいのだと思います。ここの対格は前の行のhanaの言い換えと考えられます。
vittiは vitta 「魔法をかける」の三人称単数過去でgandaは男性名詞 gandr「魔法の杖」の対格複数です。
ここの二行は順番が入り混じっていてわかりにくいのですが平たくいうと「人々はこの高い能力を持つ女預言者を荒れ地のヘイズと呼んだ、彼女は家という家を巡り杖という杖に魔力を与えた」ということになります。魔法の杖は複数あるので彼女の行いによる影響は広範囲に渡ったことが窺えます。
seið hon hvars hon kunni, / seið hon hugleikin,
seiðは動詞 siða 「魔法を使う」の三人称単数過去でhon seiðは「彼女は魔法を使った」となります。
kunniは動詞 kunna「知っている」「できる」の三人称単数過去です。hvars hon kunniは「彼女ができるどんな場所でも」の意味になります。hugleikinは男性名詞 hug「心」「魂」と動詞 leika「演じる」の過去分詞 leikinnの複合語の主格女性単数または対格中性複数です。前者の場合は受動の意味はなく「意のままに操る女性」となり、後者は受動の意味を持ち「意のままに操られた(魔法の効果)」と解釈できます。文法的には後者が有利に見えますが前者は副詞的な意味を持つため前半部分のhvars hon kunniとよい対比をとることができます。
æ var hon angan / illrar brúðar.
æは副詞で「ずっと」「いつも」、anganは女性名詞で「甘い香り」の主格単数、brúðarは女性名詞 brúðr「花嫁」の属格単数、 illrarは形容詞「悪い」の属格女性単数でbrúðarを修飾しています。そのbrúðarはanganを修飾しandan illrar brúðarで「悪い花嫁の甘い香り」という意味になります。