格とは言葉の役割を示す概念のこと
文法書をみるとラテン語には格というものがあって名詞はすべてそれによって変化する、というようなことが描かれています。これは日本語の「てにをは」に相当します。
日本語は名詞の後に格助詞をつけることによってその名詞がどんな役割をするか表現できます。
太郎は花子に物語を語る。
この文章は
花子に太郎は物語を語る。
としても意味は通じます。違いをあえて言えば最初の文は「誰が」語っているのかを強調していて、後の文は「誰に」語っているのかが強調されていることでしょう。
これを英語にした場合
Taro tells a story to Hanako.
または
Taro tells Hanako a story.
と言えますがHanakoを文頭にもってくる表現は英語ではできません。なぜかというと英語は言葉を並べた順序で役割が決まってしまうため入れ替えると意味が変わってしまうのです。
Hanako tells Taro a story.
では語る人とそれを聞く人が逆になってしまいます。語順については日本語の方が自由というメリットはあるのですが、非日本語話者にとっては理解が難しく「てにをは」は日本語学習の山場にもなっているようです。
ちなみに英語で「誰に」というのを強調したいのであれば
It is Hanako to whom Taro tells a story.
(太郎が物語を語るのは花子に対してだ。)
というように考慮が必要です。ここのitは形式上の主語です。
格の種類
ラテン語には6つ、古代ギリシア語には5つ、参考までにサンスクリットには8つの格があります。表をみてください。
格の名前 | 英名(case) | てにをは | ラテン語 | ギリシア語 | サンスクリット |
主格 | nominative | 〜は | ○ | ○ | ○ |
呼格 | vocative | 〜よ! (呼びかけ) |
○ | ○ | ○ |
対格 | accusative | 〜を | ○ | ○ | ○ |
属格 | genitive | 〜の | ○ | ○ | ○ |
与格 | dative | 〜に | ○ | ○ | ○ |
奪格 | ablative | 〜から | ○ | ○ | |
具格 | instrumental | 〜によって (手段) |
○ | ||
処格 | locative | 〜において (場所) |
○ |
「てにをは」の列をつけたのでそれぞれの役割はなんとなくわかると思います。サンスクリットは古代インドの言語ですがラテン語とギリシア語の共通の祖語から分かれたと言われています。このため文法的にまたボキャブラリーも共通するものが多いようです。以下それぞれの格について補足します。
主格 属格 対格
このうち主格、属格と対格はそれぞれ英語の主格、所有格、目的格にあたります。英語の代名詞で何度も繰り返される以下の様なものです。
主格 | 属格 | 対格 |
I | my | me |
you | your | you |
ちなみに昔の英語の名詞には格があったのですが今は消えてしまいました。あえていうと所有格のときに使う’sがその名残です。
共通の先祖を持つドイツ語には現在も名詞の格変化が残っています。
与格
「〜に対して」というときに使われます。英語では間接目的語といわれて、前置詞toを頭につけて表現されます。古典後では名詞自体が変化するのでこのような前置詞は不要です。
奪格
「〜から」というその名詞の出どころを表現します。英語ではだいたい前置詞fromを使って表現されます。与格がこれから向かう方向を表しているとすると奪格はここまで来た元の方向を指していることになります。ラテン語ではこの奪格が異様に発達して本当によく使われています。ローマ人は「我々の格」と読んでいたそうです。文化的に先行していたギリシア語にはない格だからです。これはまた別の機会に書きたいと思います。
具格
「〜によって」とか「〜を使って」など動作を行う手段を表します。ラテン語やギリシア語ではこの格はありません。英語では前置詞 withで表現されます。ラテン語ギリシア語でも前置詞を使ったり他の格で代用されたりします。
処格
「〜において」という動作がおこなわれる場所を表します。英語のinとかatに相当するものです。ラテン語ギリシア語ではありません。ただラテン語の「家において」など一部の名詞にはあります。ラテン語のさらに昔の言葉にはあったけれど使われなくなったという想定がされています。
ラテン語の格の例
日本語は格助詞をつけるだけで格変化ができますがラテン語は名詞の語尾が変化します。
fons | 主格 | 泉は |
fons | 呼格 | 泉よ |
fontem | 対格 | 泉を |
fontis | 属格 | 泉の |
fonti | 与格 | 泉に |
fonte | 奪格 | 泉から |
といった感じです。名詞によって変化の仕方が5種類ほどあり単数複数で違うので覚えることが多いように思えますが、だいたい規則性はあります。例えばemやamで終わる名詞はほぼ単数対格ときまるので「(一つの)〜を」と即座にわかります。
全部覚えるのは大変ですがその単語がどんな役割を果たすかというのは意識しておいたほうが良いです。「てにをは」を体得している日本語話者は格に対して英語話者より有利といえます。
コメント
ラテン語について調べていて興味深く読ませていただいてます m(_ _)m
一点気がついたのですが、与格のところの「関節目的語」は間接目的語の誤字でしょうか?
返信遅くなりすみません。ご指摘の通り誤字でしたので修正いたしました。コメントありがとうございました。