古代の画家アペレス(2)出自と時代

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アペレスについての記述はプリニウスの『博物誌』第35巻の79節から始まります。この巻は絵画について書かれていて当時の絵画や絵の具の材料や画家について網羅されています。この79節の前にも画家の説明が続いています。

verum omnes prius genitos futurosque postea superavit Apelles cous olympiade centesima duodecima.

しかしコス島のアペレスはすべての先人たち、そして後に出てくるすべての者を凌駕していた、112回目のオリンピックの頃のことであった。

verumは接続詞「しかし」で以前の節の優れた画家の記述から続いています。Apelles cousは主格男性単数でcousは「コス島の住人」を指します。コス島 Κώς / Kosはエーゲ海の南東部にあるトルコの沿岸に近い島です。superavitは動詞supero「上を行く」三人称単数完了で目的語は二つomnes prius genitos「先に生まれたすべてのもの」とomenes futuros postea「のちに存在するであろうすべてのもの」です。omnesはこの両方にかかっています。futurosは未来能動分詞の対格男性複数です。

時期についての記述はラテン語では奪格で書かれます。女性名詞Olympiasの奪格単数に序数centesima duodecima「112回目の」が付けられています。古代のオリンピックは第1回が紀元前776年に開催されてから4年ごとに規則的に開催されるためかなり確実に年を定めることができます。計算式は以下の通りです。

第n回目のオリンピックの開催年(B.C.) = 780 –  4n

112回目が開催されたのは計算によると紀元前332年で次の113回目の前の年までを「112回目のオリンピックの頃」と表現しますので紀元前332年から329年までを指します。

picturae plura solus prope quam ceteri omnes contulit, voluminibus etiam editis, quae doctrinam eam continent.

彼は一人で絵画の技術を他のいかなる者を集めるより多く身につけていた、さらに彼はその教えを複数の書物に著したほどであった。

contulitは動詞「集める」conferoの完了で目的語は形容詞の対格中性複数 plura「より多くのもの」で属格picturae「絵画の」がつきpicturae plura contulit「絵画についてのより多くのものを集めた」と読めます。ここでいう「もの」とは彼の持つ才能や素養でしょう。

propeは副詞「近くに」「ほとんど」、solusは主格「唯一の人」でアペレスの言い換えになります。pluraが比較級のためquam以降がその比較対象ですceteri omnesは「その他のすべての人たち」で比較対象が主格なのでこちらも主格の複数になります。

voluminis 以降は絶対奪格です。現代語でいうと分詞構文に相当するものです。voluminisは中性名詞volumen「巻物」の複数奪格、editisは動詞edo「書物を著す」の過去受動分詞の奪格中性複数でvoluminisに格性数が一致しています。etiamは副詞「さらに」です。voluminibus etiam editisは「さらに複数の巻物が著された」と受動態になりますが著したのはアペレスなので訳は能動態の方がしっくりきます。

quae以下は関係代名詞で先行詞はvoluminisです。関係代名詞 quaeは主格中性複数、動詞 continent「保持する」「収められている」の三人称複数現在、doctrinam eamは対格中性単数で「彼の教え」になります。

かなり残念なことですがこの巻物は現代には伝わっていません。

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