ラテン語の母音の種類
以前の記事でラテン語から英語まで使われるローマ字の移り変わりを見てきました。
今回は母音に絞ってラテン語の音を眺めます。ラテン語の母音に使われる文字は以下の5つあります。
A E I O U
英語もこれと同じですが日本語でいう「あいうえお」と順番が違います。これはアルファベットから母音だけ切り出したからです。ちなみに日本語の母音の順番はサンスクリットの影響と言われています。
短母音と長母音
ラテン語の母音には短母音と長母音の2種類があります。その名の通り伸ばす長さが違い、日本語でいうと短母音は「あいうえお」と長母音は「あーいーうーえーおー」に近いです。英語ではそれぞれshort vowel、long vowelと呼びます。短母音に使う記号をbreveといい母音の上につくV字型の記号です。長母音に使う記号はmacronと言い母音の上につく横棒です。
辞書や親切なテキストでは以下のようにアクセントをつけて表記しているものもあります。
大文字 | 小文字 | |
短母音 | Ǎ | ǎ |
長母音 | Ā | ā |
古代ローマで大文字アルファベットだけでそのほかの記号もありませんでした。長短は自明のものであったため記述しようとも思われなかったでしょう。これらの便利な記号はもっと後の中世に考え出されたものとされています。小文字も同様です。
音の長さは
長母音 = 短母音 × 2
となります。
二重母音
短母音が二つ付いたものです。英語ではdiphthongといいギリシア語由来の言葉です。ラテン語にはaeとoeがあります。音の長さは長母音と同じです。テキストによってはこれは合字にされることがあります。合字は英語でligatureといいラテン語のligatura「連結されるべきもの」という言葉に由来しています。
AE ae Æ æ
古代の発音は「アエ」より「アイ」に近い音だそうで英語での説明ではfineのiに近いと言われています。そのあとだんだんと「エ」に近い音に変わっていたとのことです。
英語のestimation「判断」「評価」のもとになっているラテン語はaestimātiōと言います。これもæがeになった一つの例です。
OE oe Œ œ
こちらも「オイ」に近い音とされています。これも後に「エ」に近い音に変わったと言われています。英語のeconomy「経済」のもとになるラテン語はoeconomiaと言います。こちらもœがeに変わっています。この単語はさらにたどるとギリシア語で「家事全般」の意味になります。
フランス語ではこの文字はまだ現役でœil「(単数の)目」やœuvre「作品」という言葉に使われています。フランス語では「オー」と「エー」の間のような音になります。
音の長短による異義語の存在
単語の幾つかは同音異義語で音の長短だけが異なるものがあります。例えば
dīcō | ディーコー | 私は言う |
dǐcō | ディコー | 私は捧げる |
などはiの長短で意味が変わります。最初の方は英語のdictation「口述筆記」などにつながる単語です。 次の方はdedicate「貢献する」などにつながる単語です。これを単にdicoとすると文脈から判断できるとは思いますが区別したい時もあるでしょう。
変化する語尾が長母音と短母音で異なる役割を持つものがあります。名詞の第一変化形の語尾は有名です。
fēmǐnǎ | フェーミナ | 女性は | 主格単数 |
fēmǐnā | フェーミナー | 女性から | 奪格単数 |
一般的には長母音を表すmacronのみ入力して短母音はそのままという書き方がほとんどです。というのも長母音さえわかればそれ以外はかならず短母音になるからです。どうしても短母音であることを強調したい時にのみ記述されることが多いです。
fēmina
fēminā
このように書いておけばひとまず違いはわかります。
現代語からみたラテン語母音の長短について
ラテン語の辞書を引くと意外なところが長母音であったりします。そう思ってしまうのは現代語のイントネーションからは想像がつきにくいからだと思います。それぞれの現代語でのアクセントのつけ方に合わせて長短は変わってしまっているようです。たとえば複数のローマ人というイタリア語は
romānos
長母音はaに来てロマーノスというようになりますがラテン語では
rōmānōs
と全ての母音が長母音となっていてローマーノースとなります。ラテン語の方が長母音が多い傾向があります。アクセントつけ方も含め現代語とは違うので注意しておきたい点です。